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ったくピーピーうっせぇ雛鳥だな、エ?テメエでエサもとれねえくせによ

「社会におんぶの抱っこのオッサンが言えたセリフか!」

「へ!その俺たちにおんぶに抱っこのお前はゴミ以下だ!ハハハハ」

「そういうのを目糞鼻糞を笑うって言うんだ」



                      ―「東京ゴッドファーザーズ」より一部抜粋


今敏さんが、死んだ。最初に襲ってきた感情は、「冗談なんじゃないか?あの今敏さんが」
初めて彼を見たのは、「パプリカ」の宣伝か何かで、深夜のTVで今さんがパプリカの世界観を語っていた時だ。
パプリカがどういう内容なのか、何を題材にしていて、何を伝えたいのか、その面白さに僕はTVの画面に釘付けになっていた。

その後だっただろうか、販促の一環なんであろうが、彼の作品の一つである作品を僕は目にした。
そう、それが上述の台詞にある「東京ゴッドファーザーズ」であった。

夜更け間近の頃、見終った僕の頭に去来するものは、「なんじゃこりゃリスト」入りの衝撃だった。
僕の中で勝手に作っているリストなのであるが「なんじゃこりゃリスト」というのがある。
「なんじゃこりゃ!?」という、昔から自分が凄いと感じた時に走るあの衝撃的な何かであった。

とにかく展開のテンポが面白い。
クリスマスを背景に社会の底辺と呼ばれるような人達が、捨て子を巡っててんやわんやするという内容なのであるが、とにかく内容の噛み合わせのテンポが良い。
話に突出した面白さがあるわけではなく、ちょっとシュールで、現実ではありえないような展開を、力の抜けたキャラクターのやりとりがまた面白さを醸し出している。

それを観終わったあと、僕は嫁を連れて「パプリカ」を観に映画館へ足を運んでいたんである。


その今敏さんが、亡くなってしまった。
残念である。

個人的に、あまり死者に対して執着するのはよろしくないと考えている。
残された者にとって、辛い・寂しい・悲しい、その他様々な哀の感情を総動員させたかのような心持になることは禁じえない事は分かっているが、死者に対してベタベタするのは、死んだ本人を前にみっともない。

と思っているのだが、ただただ残念である。
いや、残念ではなく、本心で言えばベタベタ執着したいのであるが、そんなことできるわけあるかと思いつつも、そういったベタベタな想いは止まない。
しかし表に出したくない。かろうじて出せるのが、「残念」である。
それだけ彼の作品は面白かった。新作の「夢みる機械」が楽しみだった。

今敏さんの最期の日記を先程読んだ。
これまた衝撃的だった。ショッキングだ。あの人は僕の目に入る最初から最期まで衝撃的だった。

「私の妻はすごいぞ」

ありふれた言葉といえばそうである。
よくテレビでも聞きそうな言葉だ。
だが、この重みの違いはなんだ。
僕なんかにこんな重みを持たせられるか。
読めば読むほど、自分の矮小さがよく見えてくる。

昔、大学時代にゼミの先生から言われた言葉「君たちは死というものをあまり認識していない。言ってしまえば、自分はまだ死なないなんて思ってるから、死ぬことがまだ良く分かってないんだ。」を思い出す。

自分だって死んだらどうなるんだろうくらい考えたことはある。
死後の世界を一丁前に調べて、その度に自分が死んだ時の事を想い、その度にゾクゾクした。今だってする。
というか誰だって死んだらどうなるくらい考えたことあるんじゃないか。
「明日死ぬ可能性だってある」なんて考えたことない奴なんているのか。
だが、違うのである。上記の言葉は、そういう意味で言っているのではないのである。
死を間近にした人間にしか見えない景色もあるということなのである。
いや、正確には死を間近にしても見えないかもしれない。

つまるところ、僕等は「死を間近にした時、何を言い、何を行うか」である。
もう死がほぼ避けられない状態。
しかも一度死にかけて、生き延びてしまった時。
何が見えるのか、何を思うのか。

今の僕ごときがそんなこと問おうというのなら、僕は彼らに鼻で笑われてしまうだろう。

「なにピーピー戯言を言ってやがんだ。エ?死ぬこともロクに見えていねえくせによ。このスットコドッコイ」

である。
本当に、自分の矮小さを思い知る。
僕は死ぬ時に何を思うのか。彼らのようにとはいかないまでも、周囲の人間に対して何を言って死んでいくのか。
そもそも僕に「周囲」なんぞ御大層なものは残されているのか。
何もかも勉強不足である。

が、勉強不足だから分からないは免罪符にもならん。
幸いにして、今の僕には手探りを止めるような諦観があるわけでもなく、手探りしたくても出来ないような拘束力もない。
日々手探りで見聞や経験を広め、時間をかけて、自分の死と直面できるような時になって、やっと出て来るか来ないか。
ひょっとしたら何も手に出来ずに一生を終えてしまうかもしれない。

それでも、日々自問自答し、周囲を参考に見聞・考え方を探っていくことしかできないんである。
なので、今敏さんの作品をまた見直そうと思った。
何を伝えたかったのか。それを自分にどのように昇華していけるか。
それが僕ごときのボンクラにできる、供養にもならん供養かもしれない。



すんません、頑張ります。
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